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きこえない人、きこえにくい人の世界を変えるXR〜加藤教授インタビュー

インタビューでXRについて語る加藤教授
インタビューでXRについて語る加藤教授

1「XRってなに? 魔法のような科学」

インタビューに入る前に、まずXRについて簡単に説明します。
XRとは?
XRは「VR(バーチャルリアリティ)」「AR(拡張現実)」「MR(複合現実)」の総称です。

•VR(バーチャルリアリティ)
人が作り出した人工のバーチャル空間に没入し、あたかも現実であるかのような体験が可能です。ゲームの中に入ったようなイメージと言えるでしょう。なお、授業内でも指摘があった通り、「仮想現実」ではなく「バーチャルリアリティ」、「仮想空間」ではなく「バーチャル空間」と表現するのが適切です。
•AR(拡張現実)
私たちが暮らす現実の空間にデジタルデータを重ね合わせて表示します。今回のインタビューで言及される「電脳コイル」は、ARの分かりやすい例です。
•MR(複合現実)
ARとVRの技術を融合し、現実空間においてもバーチャルな情報を直接操作できる環境を提供します。なお、ARも操作が可能な場合がありますが、MRは現実空間とバーチャル空間をシームレスに統合し、両者のメリットを活かした技術です。
このように、XRはまさに「魔法のような科学」といえます。それでは本編に入り、加藤教授にインタビューを始めたいと思います。

 

2「聞こえなくてもVRやMRで会って話せる時代!」

きこえない人、きこえにくい人とXRの関連について詳しく話す加藤教授

松風:将来、ハンドトラッキング技術の向上により、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使って「完全な」手話での会話が可能になると考えています。オンライン講義にも大いに役立つと思うのですが、加藤教授のご意見をお聞かせください。
加藤:バーチャルワールドにおいて、リアルワールドと同等の手話によるコミュニケーションはまだ発展途上ですが、「VR手話」などそれぞれの機器に合わせた特有の手指表現は使われ始めています。(手話そのものだけでなく、)身振りやテキストチャットによる会話は現状でも可能で、VTuber が活用しているように、表情などの顔の動きの一部を再現する技術は既に存在しています。ただし、今は、誰もが気軽に自由に使える環境とは言えないかもしれません。
また、表情を含めた個人特有の表現方法がそのまま伝わると、プライバシーの問題が浮上する可能性もあります。将来的にはプライバシー保護と表現力のバランスが求められるようになるかもしれません。
さらに、オンライン授業でのアバター利用については、学生証の提示や認証を求めるなど本人確認の仕組みが必要なのか? 必要だとしたらその方法はチップ埋め込みなどを含む生体認証となっていくのか? アバターの肖像権の扱いをどうするのか? など、単に技術を開発・利用するだけでなく、社会的な実装や運用についても想像力を巡らせて同時に考えていくことが大切かと思います。

 

3「ARによる情報保障! 音声の『見える化』」

質問に笑顔で応える加藤教授。
松風:XREAL AirなどのARグラスが注目されています。これらのグラスは、音声を翻訳したりそのまま文字として空間に映し出すことができます。きこえない・きこえにくい人、が聴者と会話する際の情報保障に大きく貢献すると考えられますが、加藤教授はどのようにお考えですか?
加藤:長年、本学の学生(先輩)たちは「話しているとき、相手の顔の近くに文字が現れる」という状況を、夢見てきました。現在では、劇場や映画館で字幕表示デバイスが使われていますが、手元の字幕と遠くのスクリーンとの間で焦点距離が異なるなどの課題があります。AR グラスを用いて、自分の視線や焦点距離に合わせて字幕を自然に表示できれば、今よりはスムーズに字幕を見られるようになることが期待されます。
一方で、周囲の音声をすべて文字化して表示すると、視界が文字で覆われることで安全性の懸念があったり、自分の音声が文字として残ることに抵抗感を持つ人がいるなど、新たな課題も生じることかと思います。必要な情報を優先表示する仕組みや、文字にはなるが記録されず一過性とするなど、きこえない・きこえにくい人と聴者の双方のニーズを考慮し長期にわたり運用可能なシステムが期待されます。また、文字は声の強さや抑揚、話速や間などのパラ言語情報を含まず、音声情報の一部だけを伝えるメディアであることを双方が十分に理解して使う必要があります。

 

4「もっとHMDを使ってみよう!」

松風:調査によれば、HMDの認知率は全体の約6割*ですが、実際に利用しているのはわずか2割程度、聴覚障害者の利用はさらに低い状況です。HMDの普及を促進するためにはどのような改善が必要だとお考えでしょうか?
*「VRに関する調査-最新機器とサービス全般への興味・関心-」アイブリッジ株式会社(2023)
加藤:利用者が少ない原因として、デバイスの価格の高さや重量や視認性等の使いにくさが指摘されています。普及価格帯と呼ばれるHMDも発売されていますが、それでも学生にとっては購入が容易とは言えない価格水準です。今後は、より軽量で使いやすく、価格面でも手ごろな製品が普及することが望まれます。

誰もがスマートフォンを持つ状況に変化したように、普段使用するコンタクトレンズやメガネがXRデバイスとして機能する時代が来るかもしれません。また、HMDによるVR酔いという現象も知られており、脳や身体に与える影響を理解して、負担感が少なく安全に使う方法を考えていく必要がありそうです。

 

5「未来へ! XRとともに変化していくセカイ」

加藤教授へインタビューしている時の筆者の様子
加藤:これからのXR技術はどのように変化し、私たちの生活にどのように役立つとお考えですか?また、松風さんご自身の見解もお聞かせください。
松風:XRは、ガラケーからスマホへと進化したように、やがて誰もが当たり前に利用する技術へと変わっていくと思います。特に、コンタクトレンズや眼鏡がXRデバイスに進化すれば、日常生活のあらゆるシーンで活用されるでしょう。
加藤:XR技術でリアルワールドに情報やバーチャルワールドを重ねて見ることができる社会、というのはSFでも繰り返し描かれてきました。たとえば、アニメ『電脳コイル』では、子どもたちはARグラスを使ってリアルワールドにバーチャルワールドが重なった世界を共有する一方、大人はそれを見ていないという世界が描かれていました。
そうすると、同じ大学の教室にいても、見ている現実は一人一人異なる、多層的な世界が未来の教室ということになります。そのような世界において、きこえない・きこえにくい人にとってどのような学び方が最適なのか、議論を深めて共に考えていければと思います。

 

〜インタビュー総括〜

今回のインタビューでは、XR、VR、AR、MRといった先端技術の現状と未来、そしてそれらが私たちの日常にどのような影響を与えるかについて、多角的に議論されました。加藤教授の具体的な意見や、松風さんの見解を通じて、技術の進化がもたらす可能性と課題が明確になりました。今後も技術革新とその応用に注目し、皆さんと最新の情報を共有していきたいと思います。
以上、加藤教授にお忙しい中インタビューにご協力いただいたことに感謝しつつ、本記事を締めくくります。

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