Q.電話リレーサービスとはなんでしょうか?
聴覚障害者は、その障害の特性上、音声によるやりとりを前提とする電話サービスの利用が困難で、社会参加をしていく上での大きな障壁となっています。
そこで、聴覚障害者と一般電話ユーザの間に「オペレータ」が入り、文字 ⇔ 音声・手話 ⇔ 音声のメディア変換をリアルタイムに行う事で、いつでもどこでも誰とでも相互の通話を可能にするのが電話リレーサービスです(図1)。
世界で最初に電話リレーサービスが開始されたのは1960年代半ばのことです。米国において、TDD(Telecommunication Device for the Deaf)と呼ばれる文字通信機器を用いた形態で行われました(写真1)。
このTDDはおそらく世界で最初の聴覚障害者が使える通信機器と言われており、米国の3人の聴覚障害を持つエンジニアにより発明されました。これによって電話と同様にリアルタイムで文字による会話が可能となりました。当初、TDDは非常に大型で紙に印字するものでした。
1990年に障害を持つ米国人のための法律が成立し、その中で電話リレーサービス実施が公的に義務付けられ、24時間・365日、誰とでも電話が可能な環境が整えられたのです。
現在では、欧米・アジア・オセアニアなど20か国以上で、行政の財政的支援等により一般の電話ユーザと同等のコスト負担で利用できる公的サービスとして提供されており、サービス内容もビデオ通話を用いた手話によるリレーサービスをはじめ音声認識を用いた文字によるリレーサービスなど多様化してきています。
電話リレーサービスの普及により、聴覚障害者の社会参加が拡大し、独立・起業する聴覚障害者も増えてきました。このように、電話リレーサービスは聴覚障害者の社会参加を促すだけでなく、社会全体の活性化にもつながっていると言えます。
日本においても、1990年代から民間による電話リレーサービスが提供されはじめ、現在は日本財団がモデルプロジェクトとして実施しており一万人以上の利用者がいます。しかし、夜間は利用できず、警察や消防署等緊急通報も原則不可など様々な制約があり、G7の中では唯一、公的電話リレーサービスが未実施となっているのが現状です(図2)。
Q.公的電話リレーサービスがないことでどのような問題があるのでしょうか?
アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明したのが1876年(明治9年)、その14年後に日本でも東京~横浜間で電話サービスが開始され、現在では日常生活に不可欠なインフラとなっています。しかし、開始当初から現在まで聴覚障害者はずっと蚊帳の外に置かれ続けてきました。電話が自由に使えないことで日本の聴覚障害者は、たとえば、
- 時間:電話なら数分で済むところがファクスやメールでは一週間近くかかったりする
- 機会:電話以外に連絡方法がないケースが多く「仕方がない」とあきらめたりする
- 命の安全:夜、家族が急病になり連絡の手段がなく非常に困ったりする
など、非常に多くのものを失ってきており、日常生活に大きな制約を受けていると言えます。
Q.公的電話リレーサービスについての法律が成立するまでの経過について教えてください。
欧米等での電話リレーサービス普及を受けて、日本でも全日本ろうあ連盟等の当事者団体が公的サービス実施を要望してきました。2013年に日本財団によるモデルプロジェクトが開始されてからは電話リレーサービスに対する認知度も徐々に高まり、公的サービス実施を求める声が次第に強くなってきました。その結果、総務省が厚生労働省と共同で公的電話リレーサービスの実施に向けて検討を始めることになり、「電話リレーサービスに係るワーキンググループ」を発足させました。2019年1月から11月まで計8回開催され、12月に報告書が公表されました。私もこのワーキンググループの検討委員として、海外での実施状況について報告する等微力ながら貢献させていただきました。本ワーキンググループでの検討結果を受け法案の国会での審議が始まり、今年の6月5日に採決されました。
Q.法律のポイントを教えてください。
今年6月に成立した「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律」では、国の責任において公的電話リレーサービスを実施していくことが明記され、そのために必要となる資金の確保についても明確に規定されたことが大きなポイントになります。また、サービス実施にあたって、聴覚障害者等の関係者の意見を反映させるべきとしたことも重要です。
Q.日本で公的電話リレーサービスが開始されることの意義と課題などについて教えてください。
日本での電話サービス開始から130年が経過した今、日本の聴覚障害者はようやく電話が使えないことによる不自由・束縛から解放されることになります。そのことが私たち聴覚障害者にもたらすであろう恩恵は極めて大きく、「完全参加と平等」の実現に向けての大きな一歩にもつながることが期待されます。電話リレーサービスは、私たち聴覚障害者への大きな贈り物と言えます。とはいえ、公的サービス実施にあたってオペレータの養成・確保、音声認識等の新技術の適切な導入、高齢者でも使いやすい通信端末・ソフトの提供の検討など多くの課題があるのも事実です。こうした課題の解決には本学としても貢献できる部分が数多くあり、私も日本の電話リレーサービスを世界に誇れるものにしていけるよう微力を尽くしたいと思います。
参考文献:
電話リレーサービスとは?(2020年版). 一般財団法人全日本ろうあ連盟電話リレーサービス普及啓発推進事業
https://www.jfd.or.jp/trs/abouttrs/about2020
日本財団電話リレーサービスモデルプロジェクト. 日本財団
https://trs-nippon.jp