選ばれる大学であるために
——はじめに、現在本学を取り巻く状況と本学の強みについて内藤副学長はどのように見ていますか?
18歳人口は2020年までは少ないながらも安定しており、減少が予想される時期の直前に入試改革、学部改革を行う対策を考えていました。ですが、障害者雇用の段階的な上昇等に伴い、予想より5年早く状況が動きました。運営費交付金が減る流れにあって大学全体としても運営が厳しくなっていくことが予想されます。そうした中で、本学がどのような大学であれば生き残ることができるかを考えた時、大学を維持するためのコンセンサスを得るには、どこに特殊性を見出すかが重要です。
本学の授業は障害を持った学生が学ぶために様々な工夫がされていて、対話的で学生にとってフレンドリーな大学であるといえます。そのことは大学説明会ではアピールしていますが、残念ながら来た人にしか伝わりません。説明会に来ない層に知ってもらうためにどのようにするのかが現在の課題のひとつです。
これまで全国の特別支援学校をまわって説明することもありましたが、自分たちの手の届く範囲にしか示せていなかったのではないかと。そのために広報戦略を建てなくてはと考えています。
例えば大学全体のホームページやSNSだけでなく、それぞれの先生がWebを活用して授業や研究の内容や活動を報告、アピールしている例が他大学にもあります。本学でも学生や大学院生も参加して発信できるような環境を作ることは考えられます。
今後各大学の情報保障が進み障害者の受け入れが進んだとしても、受験生に本学を受けたいと思わる大学であることが必要です。支援技術学という学際領域を立ち上げたのは、他にない、本学だからできることだからです。
一般的に大学のカリキュラムや教員組織、学生組織は縦割りであることが多いですが、本学の場合小規模であるからこそそれを崩すことが可能であり、特殊性になると私は考えています。
高校生は学んでいる教科から大学の専門の内容をイメージしにくいという問題があり、その対応策として産業技術学部でボーダーレスにして1学部1学科にして様々な分野の概要に触れてから専門に分かれていくという構想もありましたが、学位の観点から現状では難しいでしょう。ですが、他大学の受験形態も多様化してきていますので、将来的には産業技術学部として50名枠で募集する可能性は残っています。
——学際領域へ積極的に取り組んでおられますが、詳しくお聞きしてもよろしいですか?
私は学部長になる前後の頃に、色々な専門の学生や教員が集まる場を作ろうと目指していました。その結果として、本学の学生や教員がつくば市の職員に向けて研修会を実施する「つくば市ユニバーサルデザイン研修」やプロジェクトをベースとした授業という形で実現はできましたが、一方で消化不良も残っていました。
また、学生の中には聴覚障害者同士では元気がありますが、健聴者に対しては遠慮してしまう場面も見受けられました。高校生や親御さんの中にはろう学校から本学に進学することで、健聴の人と触れ合う機会が少なくなることを気にされている方もいます。
本学の学生が健聴者と一緒になって取り組めるような場を作りたいと考えていた頃、筑波学院大学がつくば市をキャンパスに様々な外部団体と一緒に行う、オフキャンパスプロジェクトの活動を知り、本学も関わりたい思いから筑波学院大学と学部間連携を結びました。
ここへ来て近年、渡辺先生(*1)や梅本先生(*2)のプロジェクトが動き始め、筑波学院大学との間でも白石先生(*3)のプロジェクトが動いています。そういった意味では次の世代につなげることはできましたが、その動きが全学的に広がってほしいと思います。次期中期目標の計画(*4)の中には教員間の専門性の縦割りを崩したプロジェクト科目も含まれています。大きな大学では、たとえば工学系の教員と芸術系の教員とが入試業務以外で一緒になることや、知り合う機会は少ないと思います。ですが、本学のように小さい大学では、皆が知り合いでワイワイ話し合いができる環境がありますので、それを授業や研究にも取り入れていきたいというのが私の思いです。
そのことは本学の特殊性だとずっと考えていて、学部長時代に教員を学科ごとではなく全体に所属するのが良いのではと言っていましたが、その発想も同じところから来ています。
オムニバスの授業も学科で閉じていることが多いですが、支援技術学を立ち上げた事によりいくつかの科目で学科を横断するようになりました。そうした科目が今後も増えてほしい。例えば、産業情報学科と総合デザイン学科の間で別個に人間工学やヒューマンインタフェースなど似た授業がありますが、15コマを何コマかに分けて一緒に実施することで、技術的な観点とデザイン的な観点の両方の面から見る事ができます。こうしたことの必要性は、例えば卒業研究でデザイン系でインタフェースを作ると、このようにできたらいいという提案に終わってしまいますが、それを技術的な面をクリアした試作を作ることができます。それは他の大学にない強みではないかと考えていますし、本学のリソースを活かすことができれば学生にとってもさらに充実した学習環境を提供できると言えます。ですが私は3年後に定年となりますので、学部長時代に新しく作ったり変革したことに関しては時間もありましたので自分で動かすこともできましたが、副学長時代に作ったものについては見届けられない、動かないかもしれないということに関しては悩ましくもあります。
*1 本学産業技術学部産業情報学科 渡辺 知恵美准教授
*2 同上 梅本 舞子准教授
*3 同上 白石 優旗准教授
*4 中期目標は、文部科学大臣が6年間において国立大学法人等が達成すべき業務運営に関する目標を中期目標として定め、これを国立大学法人等に示すとともに、公表するものです。国立大学法人等が中期目標を示されたときに、その中期目標を達成するための計画を中期計画として作成し、文部科学大臣の認可を受け、公表します。
——大学運営と並行して授業をお持ちですが、ご担当の授業について教えてください。
産業技術学部の1学科構想が止まってしまったことで、カリキュラム変更と入試変更の際に学際的な領域として情報デザインを立ち上げました。現在の情報デザインの授業は産業情報学科で取り組んでいたことがベースになっています。総合デザイン学科に異動となったことでできることできないことがあり工夫してデザインの授業を楽しんでいます。
情報デザインを始める時期と合わせるように、プログラミング言語の知識や数学はできなくてもブロックの組み合わせで論理的な判断ができるものが整ってきていい時代になったと思いました。現在の総合デザイン学科のプログラミングの教材として作ったものは、とても具体的で理解しやすいものです。
新しい領域の授業を始めるタイミングで受講した学生はやる気のある学生だとは思いますが、総合デザイン学科にの教員になって思ったのは、この学科の学生は手を動かすことや作業することに抵抗感がないということです。逆に理屈を話していると面倒に思う学生もいますので、このように考えたら効果的だよと教えたりしています。デザインの技術だけでなく、どのように表示するとグラフが見やすいのかなど心理学を使って効果的に伝える方法を教えることもあります。
例えば、ファーストフード店が30分程度で人の回転率を上げるための対策のケーススタディです。
最初は張り紙をしてはどうかという案が出るが、それでは解決しません。そこで、暖色系の壁紙に硬い椅子を採用しました。暖色系で心拍数が上がり、短い時間にもかかわらず長くいたように錯覚させたり、硬い椅子は座り心地が良くないことから早く席を立つことに繋がります。それを客に意識させずに実現しています。
一方、それとは逆の戦略をとる店もあります。寒色系の店内にゆったりした椅子で、落ち着いたトーンにしたのは客層が異なるためで、日常的に利用するビジネス層をターゲットにしている。大切なのは目的を明確にして最適な手法をとることなのだ、という話は学生に興味を持って聞いてもらえました。
ユニバーサルデザインや支援技術の実習をデザインの人だけで考えると閉じてしまいますので、色々な分野の人が関わりデザイン思考をすることが必要です。専門によって文化が異なりますので、理解し合うことが難しいこともお互いに苦労しながら進めていくことで得られるものがあると考えています。
支援技術についても同様に、外から見た客観的な目も重要ですので、障害を持つ当事者からそういった視点を持った専門家が育っていってほしいと思います。
(後半へ続きます。10月7日 木曜日公開予定です。)