分野を越えて学生や生徒のデザイン思考を育む(後編)
教員  

分野を越えて学生や生徒のデザイン思考を育む(後編)

内藤副学長へのインタビュー後半です。前半では、産業技術学部の学部長としてのご経験を基に、ご自身の授業風景や産業技術学部の将来構想まで幅広く伺うことができました!後半も、ろう学校との連携、ウィズコロナでの授業での試みから、貴重な助手時代のお話まで盛りだくさんな内容です。ぜひご覧ください。

地域や高校と大学をつなげる活動

——全国のろう学校との繋がりお持ちの内藤副学長にとって高大連携とその展開についてどのようにお考えか聞かせてください。

全国のろう学校とつながるきっかけは、つくばで開催された全国ろうあ者大会に参加した後、その次の回、島根県での大会へ本学として参加したことに遡ります。以前から東京都のろう学校とは関わりはありましたが、初めて山陰地方に行く機会でしたので、周辺のろう学校を回って説明会を実施しました。その後も出張のたびに可能な限り周辺のろう学校を訪れました。学部としての説明会や国立大学工学部長会議の前後など含めて、年間20校は回っていました。高等部のある特別支援学校やろう学校は全国ほぼ回ったと思います。最初は進学について考えていなかったろう学校も、本学のことを知って覚えていただき、その2、3年後進学者が出るようになりました。そうした中で高大連携をしたいと思いが強くなりました。

現在開催している高大連携事業では、参加した皆さんに大学の専門的な体験授業を楽しんでいただいていると思います。こうした活動は大学の専門を理解してもらうことにもつながり、その後本学を受験希望される方も出てきています。また一方で、現在の高大連携は先生に対して本学を知ってもらうという意味合いも大きいと思います。

高大連携事業は年々拡大傾向にありますが、教員の負担の面も含めて今後の実施方法は模索しています。

私は高大連携事業の次の段階として、より受験につながるような取り組みも考えています。現在は単発の体験授業ですが、それらをまとめて何回かのプロジェクトとし、そこに参加することで総合型選抜入試に組み込むという案もあります。

例えば、オープンキャンパスの前日などにデザインA,B,Cなどを受講できる形にして、ろう学校を限定しない方法も考えられます。

他大学でそのような入試を実施している先生に聞いたこともあります。そこに関わる教員も多く大変ですが、参加した学生はその大学を強く目指してくれると言います。工学やデザインという分野は高校の教科との関係が理解しにくい部分もありますので、高校生の間に大学の専門的な領域に触れる機会を得ることその後の進路へ向けたモチベーションにも繋がりますので有効だと思います。時期としては高2などの早い時期に触れることで早い時期により強く大学進学を意識させることができると思います。

このような入試の改革は学科や分野によって難しい面もありますが、本学に興味を持った人が入るための仕組みづくりとしてはありえると思います。その場で課題に対してしっかり取り組める、レポートを書けるという力も重要です。

入試はその学生が専門の分野について修学し卒業できるという見込みも兼ねていますので、入学の評価基準は大学の専門教科と同程度となります。あわせて現在はオンラインが活用できるようになりましたので、そのような方向でも検討中です。

 

——本学の学生が葛飾ろう学校の子どもたちに教える「文泉こどもクラブ」へ参画した経緯や、本学がどのように関わっているのかお聞かせください。

地域や高校と大学をつなげる活動

都立高校の再編があり中央ろう学校が進学向けの高校に変わった際に、都立中央ろう学校の外部から評価する委員を依頼され、そうした関係から後に都立葛飾ろう学校の副校長先生から協力の要請を受けました。以前葛飾ろう学校には文泉塾という活動があったことからその名を引き継いで放課後課外活動としてスタートしました。

当初は委員長を依頼されましたが、学生の入れ替わりや本学の都合で活動の存続が左右されてしまうことを危惧しました。あくまで活動の柱は葛飾ろう学校が持つように考えて、委員長を葛飾ろう学校のPTA、顧問として本学が関わっています。

授業としてプロジェクト演習に組み込む案もありましたが、学生が継続して参加できないことや謝金の扱いなどから、授業外の活動としています。実施するに当たって本学の学生が参加しやすい距離も良かったと思います。当初は学生が集まらないのではとの不安もありましたが、活動内容を説明すると学年、学科、領域を越えて多くの学生が集まってくれました。準備や話し合いから当日の教室運営に至るまで、学生が主体的に行い、参加する学生は世代が替わりながら現在まで続いてきています。

2020年度はコロナの影響により1学期の間どのようにするか悩みましたが、オンラインで実施することを決定し、ここ2年活動はオンラインでものづくりを教える教室を実施しています。

この活動で私がお話しているのは、参加する葛飾の生徒達には、ものづくり等の活動を通して本学の学生と交流することであのようになりたいと思ってもらい、いずれ本学に来て文泉で教える学生が出て、その中から教員免許を取って母校に帰って教えるというサイクルの実現です。

 

ウィズコロナに向けたボーダーレスな環境づくり

——新型コロナウイルス感染症により教育の現場にも多大な影響が出ましたが、そうした中でウィズコロナの今後の教育へ向けた手応えはありますか?

ウィズコロナに向けたボーダーレスな環境づくり

去年新型コロナウイルス感染症が出てきた時に、個人的にはオンライン授業については半信半疑で、実際に行うまで難しいのではと考えていました。オンデマンドではなくリアルタイムに、交流会のような場ではなく授業の実施が可能か不安でした。

ですが実際に始めてみるとオンラインに最適化した授業であれば、むしろオンラインのほうが良いのではないかとも思える面もありました。それは昨年1学期、学生を対象にアンケートを取った際に、私が思っていたよりオンラインが良かったと答えた学生が多かったことにも表れています。また、対面の授業と違い画面を見たら皆と顔が合うという意見もあり、なるほどと思いました。もちろん、オンラインでできることとできないことがあるのは事実ですが、試してみたことで新しい発見もあったという印象です。

また、各学年に何人かは様々な理由により欠席が多い学生がいます。そういった学生もオンラインであれば参加や卒業ができるようになるかもしれません。交流が苦手な学生、発達障害を持った学生への対応としても、オンラインを活用して学習機会を作ることもできると思います。本来やる気を持って入学してきていますので、就職やその後も含めて何かできることがあるのではないかと思います。

極端な話ですが、産業技術学部として10名程度の通信教育主体の学科も可能なのではないかと思索しています。大規模な実験などは難しいですが、それが可能な分野であれば、通学することに抵抗感のある学生の需要はあると考えられます。大学設置基準にメディアを使った教育は60単位が上限とありますので、このメディアを使った教育の定義について、現在議論をしているところです。

入試に関しては、これまで大阪の会場でも開催したいと模索していましたが、どのように実施するかは決まりませんでした。ところが、実際にコロナの影響で各地方での開催に踏み切ったところ、皆の苦労はありましたが大きなトラブルもなく実施できました。さらに面接と実技検査、プレゼンテーションをオンラインにした関係で、現地の担当者も少人数で済み、受験生にとっても公平性の高い形を作ることができました。これは、コロナがない状況で漠然とオンライン試験や各地での試験を実施したいと考えていてもできなかったことです。

また、全国が一斉に同じ経験をしたことにより、授業や入試、高大連携など様々な活動をオンラインで行うことの抵抗感がなくなりました。これが関東だけであれば別の地域に遠隔授業やオンラインの活用を啓蒙するのは大変ですが、全国的にオンラインで実施することができるようになりました。実際、本学と各地のろう学校4校を結ぶペンタゴンプロジェクトで、小学部のオンラインでの授業展開が動き始めました。そういったことも検討から実施の段階に移りました。

コロナは大変で苦労しましたが、今まで難しいと思って躊躇していたことが、躊躇できなくなってしまい、追い詰められた状況で制限の中何とか工夫して実現した例は多いです。これはいずれ別の感染症や災害が発生した際にも今回の経験は生きると思いますし、教育の可能性が広がったと思います。

 

——先生ご自身の専門や現在の考えに至るきっかけについて教えてください。

私はもともと物理系ですが、本学では電子に行きその後情報に行き、今はデザイン系と15年ぐらいの周期で変わってきています。段々と柔らかい方向に進んできました。最初に自分の専門分野と違うことを研究対象に選ぶことはハードルが高かったですが、振り返ってみると恐れることはなかったなと思いました。

私が分野を超えて色々なことに取り組みたいと思ったのは、私が助手の頃にデザインの松井先生(*1)と一緒に活動を始めたことがきっかけです。松井先生はディズニーランドのUDもされていましたが、聴覚障害の子ども達のために様々なものを作った面白い人でした。当時ビデオ画面を見せる時に、私は画面を止めて説明していましたが、松井先生は画面にホワイトボードマーカーで記入して驚かされました。それ以外にもTVの下に発泡スチロールの板を貼ってそこにOHPで字幕を投影したものを作ったりもしていました。

情報や電子にいるとそれをするためにどのようなシステムを作ってどのように実現してと考えますが、本質は技術やシステムではないんだと気づかされました。もちろん技術やシステムは実現のための一つの手段ですが、それだけではないと。

松井先生は一緒に研究をしようとなった時に病気で亡くなられましたが、あの時松井先生と交流していなければ、私は情報デザインを作ろうと思わなかったかもしれません。当時2人で行っていた研究は新鮮でした。ISDNのテレビ電話で手話なんてとんでもないという時代に、松井先生はビデオカメラからケーブルを出してモニターに出し、TV会議に手話があったらどうなるかという事を試していました。TV電話の使い勝手の研究には装置や環境が良くなるのを待つ必要はないのです。

聴覚障害者がTV電話で共同作業をする時に何が問題になるかということも調べましたが、そういったことがきっかけになりました。松森果林さん(*2)は松井先生の教え子です。彼女はUDを引き継いでいて正当な弟子だと思います。

*1 本学の前身である筑波技術短期大学聴覚部デザイン学科に所属していた松井 智先生
*2 ユニバーサルデザインの普及活動を行っている本学卒業生。

 

——最後に、在学生や受験生に一言いただけますか?

私が学部長の頃に入学して学生たちによく言っていたのは、学生の時の友達が一生の友達だから4年間で友達を作ろうね。いい友達を作るには自分がいい友達にならないといけないということを言っていました。ぜひ、そんな気持ちで大学生活を送って欲しいと思います。

Profile

内藤一郎副学長

内藤 一郎(ないとう いちろう) (副学長)

立教大学大学院理学研究科原子物理学専攻博士課程後期課程修了。博士(理学)。
1991年に筑波技術大学の前身である筑波技術短期大学の電子情報学科電子工学専攻助手として着任。
2005年に四年制大学移行後は、産業技術学部産業情報学科副学科長、産業技術学部長補佐、産業技術学部長を経て、2020年4月から現職。
現在の専門はコミュニケーション科学、福祉工学。