坂尻副学長へのインタビュー後編です。後編ではこれまで取り組まれてきた研究やコロナ禍での工夫、学生・受験生へのメッセージを伺いました。ぜひご覧下さい。
Q.これまで取り組んできた主な研究活動を教えて下さい。
大学院の修士課程では、人工内耳に関連した研究で、内耳への電気刺激による耳鳴り抑制について研究していました。北海道大学の耳鼻科の先生との共同研究で、今で言う医工連携というものですが、異分野の先生との交流があり、良い経験をさせて頂いたと思います。
修士課程修了後は企業の研究所にいたのですが、そこでは主に人工骨に関する生体材料の研究に従事しました。修士課程に入る前には生体材料の研究を希望していましたが、福祉工学の良さを知ったので就職する時には福祉工学の研究テーマを希望するようになっていました。なかなか希望通りにいかないこと...これも人生かなと思います。企業は特許を中心として研究開発を進めていく傾向にありますが、査読論文を重視する大学との違いを経験することができました。
その後、独立行政法人高齢・障害・求職者支援機構の障害者職業総合センターに移り、福祉工学に基づいた就労支援の研究に従事しました。同センターの研究部門は、厚生労働省の障害者雇用に関するシンクタンク的な役割も担っていたので、障害者雇用の施策に関する調査に駆り出されることもありました。ここでは、上司が重度の弱視の視覚障害当事者の方だったこともあり、視覚障害を中心とした福祉機器・技術の研究開発を中心におこなっていました。
Windowsの画面を読み上げるソフトウェアであるスクリーンリーダー、印刷された文字を拡大して読み書きするための拡大読書器の研究開発や、視覚障害者向けのWord・Excelの教材開発などをおこないました。研究開発にあたっては、私の上司が視覚障害の教育や福祉・就労に関係する専門家を招いて研究プロジェクトを進めていたこともあり、視覚障害関係の専門家とつながることができました。このようなつながりが、本学の視覚障害学生の支援のうえで、今でも役立っています。
同センターでは、視覚障害以外の障害にも関わることがありました。例えば、オフィス用車いすの研究開発で車いすユーザーの当事者の方と関わったり、知的障害者向けパソコン操作マニュアルの開発では、知的障害当事者の方といっしょに試作したマニュアルを用いて検証したりと、幅広く障害当事者の方々と関わった経験が大きな財産になっていると思います。
その他には、現在も続いている盲ろう者のための支援機器の研究をおこないました。指点字用支援機器や点字を修得していない盲ろうの方のための触覚ディスプレイを用いたカナ提示ディスプレイシステムの研究があります。
本学に赴任したのは、2005年4月でした。本学に来てからは、盲ろう・聴覚障害の方の歌唱支援のための触覚ディスプレイを用いた音声ピッチ制御の研究を始めました。当時、パソコンボランティアとしてサポートしていた盲ろうの女性は中途の盲ろうの方でしたが、盲ろうになる前までは三味線を演奏する音楽家でした。盲ろうとなってからも、聞こえないけれども手の感覚を頼りに三味線の演奏はされていましたが、歌に関しては声の高さが分からなかったので、音程を外すのが恥ずかしくて歌っていなかったとお話をしていました。そこで、自分の声の高さを触覚ディスプレイに提示して、それを頼りに歌唱するシステムの研究を始めたということです。この研究は現在も続けています。
その他には視覚障害者のスポーツ支援のための音響学的研究をしています。例えば、ゴールボールというパラリンピックの競技にもなっている視覚障害者向けのスポーツがあるのですが、初心者が一人でも訓練できるように実際の投球音を立体音響で収録し、その収録音を基に訓練用アプリケーションを開発したりしています。この研究自体は、ゴールボールの日本代表の強化選手になっていた学生さんが卒業研究として取り組んだ研究です(曽我 晋平 2017年)。彼は2017年に学会で発表して賞も頂いています。
また、企業と関わって研究をしている課題もあります。写真は株式会社QDレーザが開発しているWith My Eyes という装置です。レーザ光を直に網膜に投影する方法で映像を見ることができます。人の眼は、入ってきた光を水晶体の働きで屈折させ、網膜でピントが合うようにして目の前の世界を認識していますが、レーザ光による網膜投影の方式は、網膜にピントを合わせる必要がないので、網膜の機能が働いている人には比較的良く見えることになります。このように企業さんとコラボレーションして最先端の研究開発にも関わっています。
【参考】
- https://researchmap.jp/sakajiri
- 指点字触覚デバイスシステム&カナ提示触覚ディスプレイシステムの説明(PDF)
- ゴールボールの投球音の立体録音とそれを用いた訓練アプリ(PDF)
- 株式会社QDレーザ https://www.qdlaser.com/
Q.コロナ禍の大変な状況において研究活動の中で工夫したこと、ウィズコロナに向けた研究環境作りと今後の展望について聞かせて下さい。
人と関わることによって成り立つ研究分野では、皆さんそうだと思いますが、対面することが難しい状況では、どうしても研究活動に制約があります。その中でも、オンラインで打合せ等をおこなうなどの工夫をしてきました。良い面としては、遠隔でのコミュニケーションが標準になったことで、これまで距離の関係で疎遠になっていた方と久々にオンラインでつながったことです。
具体的には、学生時代の研究室の先輩とのことなのですが、その先輩は長野県の大学で教員をされているので、これまでは距離があり、なかなかいっしょに研究という話にならない状況でした。ところが、このコロナ禍で久々につながり、距離の障壁が低くなったこともあり、共同研究に向けて打合せを続けています。その先輩は福祉工学の中でも脳機能計測の応用が専門なのですが、最新の脳科学の動向や論文にはあまり記載されない脳機能計測のノウハウについての知識も得ることができるので、いつも有意義な、そして勉強になる打ち合わせとなっています。
コロナ禍の状況はすぐには収まりそうにないですが、上記のようなオンラインの利点も活用しながら前向きに研究を進めていきたいと思います。
Q.最後に、本学の学生や本学を目指している高校生らに向けたメッセージをお願いします。
本学では皆さんの視覚障害・聴覚障害に対応した教育環境を整備し、教育にあたっています。研究についても、上記でご紹介したゴールボールの訓練アプリケーションの開発など障害当事者の学生の皆さんの発案に基づく研究も多くおこなわれています。私自身も卒業研究に関係する時には、学生を指導しているというよりは研究のパートナーとして関わる気持ちでいます。実際に、学会発表などに取り組んだ後の一段と成長した学生さんの姿を見て、頼もしく思うこともあります。このような先輩方の後に続く取り組みをいっしょにしてみませんか?そのような意欲的な人材を筑波技術大学は求めています!